|
Chauchat のバックアップ(No.9)
Chauchatは、第一次世界大戦におけるフランスの正式LMGである。当時としては珍しくわずか2名で運用でき、後のLMGに見られる特徴を多く備えていた。
専門技能
|
|||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| アイコン | 名称 | 効果 |
|---|---|---|
| RANK1 | ||
| 強化グリップ | 腰撃ちの精度が増し、腰撃ちでの有効射程が延びる | |
| 高速エイム | エイム状態への移行が33%速くなる | |
| RANK2 | ||
| カスタムストック | 移動中のエイム射撃の命中精度が上がる | |
| ポーテッドバレル | 横方向の反動が弱まる | |
| RANK3 | ||
| 軽量ストック | エイム中の移動が60%速くなる | |
| バレルベディング | 静止中のエイム射撃の命中精度が上がる | |
| RANK4 | ||
| 高速リロード | 銃のリロードが15%早くなる | |
| リコイルバッファー | 上方向の反動が弱まる | |
詳細については専門技能参照。
大戦の書のティライユールとコンバインド・アームズに登場するライトマシンガン。
マルチプレイヤーには2020年6月4日に配布された。
高威力高反動低レートが特徴的。
他のLMGとダメージが落ちるタイミングが異なり、他は10mでBTKが増えるが、こちらは30mまで増えない。
そのため10~30(~50)mで本領を発揮する、といった性能になっている。
それより近くても遠くてもTTKの面で不利なので、他とは少し違った立ち回りが求められるかもしれない。
それとこの銃はセミオート時の連射速度が257rpmまでに落ちるので注意。
Mle 1915 CSRG軽機関銃はフランスで開発された。開発者のルイ・ショーシャから、「ショーシャ軽機関銃」という名でも広く知られている。
膨大な人命を数字で記録する狂気の大戦争以前からフランスは機動力に優れる自動火器を欲しており、生産性が高く軽量な自動火器が求められた。
そのため開発は古く1903年より始まっており、その中でもRSCでもお馴染みショーシャ、リベイロールのほかステール及びグラディエータ社の3名+1社が設計したものが本銃であった。
名称のCSRGとはこれらの頭文字を取ったもので、1913年から1914年にかけて開発されたCS(ショーシャ・シュター)マシンライフルというものがベースになっている。
第一次世界大戦の勃発により機動力に優れる軽機関銃をより欲したフランス軍は、テストでいくつかの重大な欠陥が発見されたCSの開発を続行。最終的にCSRG軽機関銃となった。
設計の初期段階ではModel 8を参考にしたロングリコイル式であったが、1910年以降の設計ではハンガリー製のフロンマー・ストップ拳銃を参考に改良された。
補給面での実用性を鑑みて使用弾薬は標準であった8mmルベル弾が選定され、これを毎分240発で連射できた。
軽量さが求められたため重量も9kgまで軽量化され、当時存在した他の軽機関銃が軒並み12kg~13kgである事を考えれば遥かに軽量なデザインであった。
しかし今日知られるようにCSRGの性能は決して優れたものとは言えず、工業製品としても粗末なパーツと最新の高品質なパーツの組み合わせはコストこそ下げたが信頼性を欠くものだった。
サイドプレートは長時間の射撃時には緩む欠陥があり、弾倉は脆弱なバネを用い、残弾数の確認を容易にするために大きな肉抜きが行われた。
これによりCSRGは安価で量産こそできたが20発の弾倉は最大容量まで使えず、肉抜き部分からは泥や塵が入り込み、人間工学的に劣る形状と粗末な二脚で使用者を苦しめた。
問題を多く抱えたCSRGの運用は軽機関銃というよりは自動小銃に近く、短いバースト射撃やセミオートでの使用がマニュアルで推奨されるほどであった。
このような問題を抱えつつも軽量機関銃自体は求められ続けた結果、CSRGは述べ262,000丁程度が製造されることになった。
フランス軍だけでなく1917年から1918年まで戦ったアメリカ遠征軍(AEF)もこれを使用し、特に悪名を残す事となるアメリカ弾薬規格(.30-06弾)に変換したCSRGが開発される。
この.30-06弾仕様のCSRGは「Automatic Rifle, M1915」と命名され、およそ19,000丁の.30-06モデルが生産・配備された。
インチ法規格のアメリカとセンチメートル法規格のフランスとではあまりにも不正確な"食い違い"が生じ、.30-06弾は数発で弾詰まりを起こす事が報告され、アメリカでも不評であった。
しかし自動火器や野砲すら持たずに欧州に到着したAEFにとって唯一の軽量な自動火器であり、後の1918年にBAR自動小銃が開発された時点でも多くの.30-06仕様のCSRGが使われていた。
かくして2つの大国で悪名を残したCSRGであったが1918年に改良され、ようやく最も大きな欠陥とされた弾倉を密閉型にしたものも実用化に至っている。
だがこの時点で第一次大戦は終戦を迎えており、200ヤード以内の敵を制圧するのに有効で新時代の歩兵戦術には必要不可欠な存在とされつつも1914年にオチキスM1914が開発されたると全てが退役した。
フランスとアメリカ以外にもベルギーやセルビア、ポーランドなどに供与され、現地で弾倉にカバーをしたり、弾薬を7.92mmマウザー弾や6.5mmマンリッヒャー弾に変換するなど手を加えて運用された。
しかしこれらも1930年代には運用を終了しており、このほか継続戦争(1941-1944)中のフィンランドに供与されたCSRGは戦後1955年まで倉庫に保管されていた。
第二次大戦時にはCSRGを使用していた複数国から押収されたものがドイツ軍によりLeMG 156(f)やLeMG 147(J)、LeMG 156(G)として運用される程度であった。
なお欠陥の多い銃として認識されているが、多くの問題の由来は弾倉部分であると判明しており、現存する.30-06のCSRGに改良された弾倉を使用した際は比較的良好な結果を残している。(動画
)
また後世を生きる我々は多くの優秀な銃の存在を認知しているが、フランス軍内だけで140万人の戦没者を生んだ大戦争において、兵士達に与えられた数少ない軽量な自動火器であり強力な武器であった事は留意するべきだろう。
全ページのコメント欄について改行は非推奨です。
ガイドライン←コメントを書き込む前に1度、目を通してから書き込みを行ってください。
コメントアウト(非表示)・削除・通報・修正対象等についての記述が記載されています。
最新の20件を表示しています。 コメントページを参照 画像を非表示